酒器によって変わる日本酒の味
私は日本酒に特別詳しいわけでもなく、毎晩晩酌をするわけでもないのだけど、器によって日本酒が別物に変わると感じるようになってから、酒器に興味を持つようになった。
ここ数年は、父の日に酒器セットを送ることも増えてきた。
山形の実家に帰省をする際に、以前父にプレゼントした、栗久の杉の酒器や、能作の錫の酒器で一緒に酒を飲むことが楽しみとなっている。
世の中の多くの父と息子と同様に、私と父の間にもテンポのいい会話はあまり発生しないが、一緒に酒を飲む時間はなかなか心地いいものだったりする。
日本酒を飲み比べるだけでなく、酒器の違いを愉しんだりもする。
例えば、木の器と金属の器では、手に持った時の重さや感触、温度などがまるで違うし、口に触れた時の感覚も、酒の味までもが違うもののように感じるのだ。
酒器に対して少々偏執的な私だが、この度、自分用として長く大切に使っていきたい特別な酒器を手に入れた。
原惣右エ門工房の斑紫銅の酒器
新潟県柏崎市大久保にて代々続く鋳物工房「原惣右エ門工房」の酒器である。
柏崎市大久保の鋳物の歴史は古く14世紀に遡るという。
当時、河内の国(現在の大阪府)の鋳物師が柏崎に移り住み技術を伝えたことが始まりで、原惣右エ門工房が鋳物業を始めたものその頃だとされている。
大久保鋳物は江戸時代初期~中期に塩釜や梵鐘の製造で全盛期を迎えるが、その後、江戸時代後期に衰退期に入る。
そんな中、鋳物師であった原琢齊・得齊の兄弟が蝋型鋳金の技術を取り入れ、茶道具などの美術工芸品の制作で新たな活路を開くことに成功。
兄の琢齊は佐渡に渡り、弟の得齊は大久保に残りそれぞれの地で弟子達に伝承した蝋型鋳金の技術は現代に受け継がれ、1978年には新潟県無形文化財に認定され今日に至っている。
原惣右エ門工房では2種類のユニークな技法が使われている。
一つは、蝋型鋳金(ろうがたちゅうきん)と呼ばれる技術で、蜜蝋と松脂を混ぜ合わせたもので原型をつくる鋳造法。蝋型ならではの細やかな表現が可能で、カエルやナマズ、蝶などをモチーフにした躍動感ある作品がつくり出せる。
もう一つは、斑紫銅(はんしどう)と呼ばれる技術。
磨きの工程が済んだ鋳物を良質の炭で変形寸前の温度になるまで焼き、酸化皮膜を定着させる。
酸素を沢山与えずにゆっくりと焼き、変形する寸前で取り出すことで美しい赤紫色の斑紋を生まれさせるもので、当然同じ模様は二つと存在しない。
今回私が原惣右エ門工房さんからいただいた酒器は、片口1つと、おちょこ4つ。
片口が32,000円(税別)で、おちょこは丸みを帯びたHoujun17,000円(税別)が2つと、シャープな形をしたTanrei15,000円(税別)が2つ。
合計すると96,000円(税別)もする高価なお品だが、編集者・WEBディレクターとして原惣右エ門工房さんのHP制作をサポートをしたお礼としていただいたものだ。
この酒器は一生大事に使っていきたいと思うし、この酒器を使って、家族や友人と共に特別なお酒を愉しんでいきたいと思う。
炎がつくりだした美しい模様を愉しむ酒器
まずこちらの酒器セットだが、銅器ゆえに手に持ってみると思いのほか重量感を感じさせる。
片口に冷酒を入れてみると、熱伝導率の高さから、あっという間に表面までが冷たくなる。
その片口を持ちあげ、おちょこに日本酒を注ぐと、すぐにおちょこの表面もヒンヤリと冷たくなった。
口に含むとその冷たさが唇に伝わり、陶器やガラスの器で飲むよりも冷酒が引き締まった印象を感じさせる。
そして、ついついまじまじと眺めてしまうのが斑紫銅の模様だ。
高温の炎がつくり出す偶然の模様は鋳物師と炎の共演により生まれたもの。
器の向こう側に、鋳物師・原聡さんの姿が目に浮かんでくる。
少し暗めの静かな工房の中で、真剣なまなざしで炉を見つめる原さん。
タイミングを見極め、ゆっくりとも素早くとも感じられる動きで炉をくずしていく。
熱によって真っ赤になった器を取り出すと、器は瞬く間に冷えて黒色へと変わり、そうして一連の「炉入れ」の作業が終わる。
数年前に見せて頂いたが、その場の、穏やかで神妙な空気感を今でもはっきりと覚えている。
原惣右エ門工房さんはご夫婦二人で鋳物づくりを行っているが、代々続く鋳物師としての生き方や風習も守り続けているという。
私は技術だけではなく、歴史や文化を継承する姿にいつも心を揺さぶられている。
伝統的な文化は、失われたら最後再び生き続けるということは難しいからだ。
もちろんいつの時代も変化をし続けているが、均質化し多様性を失うことは、地域の魅力や価値を失うことと同義だと思う。
実は、原惣右エ門工房さんは地元柏崎市でも知る人ぞ知る存在らしい。
決して分かりやすい価値ではないかもしれないが、こうして記事にすることで、その価値を分かる人が出会う可能性をわずかにでも上げられたらと思う。
五代晴雲 原惣右エ門工房
新潟県柏崎市大久保2-3-12
TEL 0257-22-3630
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